外で働かないマン

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外で働かないマン

新卒で入社した会社を半年で退職。第二新卒として働き出すも突然入院の事態から正社員登用見送りに。外で働かない、雇用関係を持たない働き方を模索してます。

【ADEM(急性散在性脳脊髄炎)?】20歳の時に突然話せなくなった私の話

ADEM(急性散在性脳脊髄炎) 身体のこと

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※2016年8月2日、一部加筆・修正を加え、更新しました。

 

こんばんは。きゃんです。

今日は、自分の身体に初めて異変が起きた20歳の時のことを書いていこうと思います。

 

私は大学2年生の終わり(当時20歳)に突然話せなくなり、入院しました。

(幸運なことに現在、言語障害など大きな障害は残っていません)

診断は【ADEM(アデム)】疑い。

 

その日アルバイト先で突然呂律が回らなくなり、いい慣れていたメニュー名を

お客さんの前で噛んでしまったのが最初の異変でした。

 

シフトが連勤続きだったこともあり、「疲れじゃない?ゆっくり休みなー」なんて店長に言われながら、家に帰った訳です。

帰る時にはしっかり話せるようになっていた!(ここで完全に疲れだと安心した)

 

しかし、寝る前になんだか舌が痺れている違和感があり、不安になってなんとなくツイート。後輩から病院行って調べた方がいいと言われ、ビビる。

そうこうしている内に舌が重くなって上がらないような感覚になる

 

親に電話。(既に呂律回ってない)すぐに救急車で運ばれる。

 

病院着いた頃には、あらふしぎ!全然話せるんだけど!治っちゃってるんだけど!状態。その日就活の説明会があったので、先生も急ぎではないと思うから後日検査においでと言って、私は病院を出ていったのです。(※今考えると身体>就活だろと思うw)

その後特に異変が起こることもなく、説明会を終え、美容院へ。

 

美容院で美容師さんと会話をしていると、また舌に違和感。呂律が回らなくて言葉を噛みまくる。(どう考えても大丈夫じゃないけど)バレないようにごまかしまくり帰宅。

 

帰りの電車で、あごが無理矢理締められているような感覚で、口が開かなくなっていることに気づく。これまで感じたことのない違和感に不安と悲しみと悔しさがこみ上げてきたのを覚えています。(※たぶんこの悔しさの矛先が暴食に向いたのがおかしかった)

 

私はなぜかマクドナルドに向かって、チキンクリスプのセットを注文するのです。

 

「い、ひん、うりうぷ(キチンクリスプ)」(たぶんこんな感じに聞こえたはず)

 

自分ではチキンクリスプって言っているつもりなのに、全然違う音になって出ている。

話せてない。そして初めて向けられた「この人話せない人なんだ」という目がつらくて涙が出てました。(この時私は話せない人のことをこう見ていたんだと痛感した。)

 

 

そして、ようやく出てきたセットを食べれるわけもなく(全く口が開かなかった)、やっと病院に向かうのですが、方向音痴で迷子になってしまう私w

もうパニックです。親に電話をかけて、全然話せてなかったけど、なんとか迷ったことを伝え、近くのコンビニから救急車を呼んで貰いました。

 

救急車に乗って、状況を伝えるため、手帳に字を書いたのですが、握力もグッと落ちていて、字を書くことも困難でした。

 

 

病院に着いて、MRI撮影後にベッドへお医者さんが来て、「親御さんに病院に来ていいただくことになります。脳に炎症が起きていて、入院が必要です。」と言われたのが、本当にドラマのようでした。(親にメールを打ちながら、号泣したのを覚えてます。)

 

次の日、母親と祖母が病室に訪れた時は、少し会話が出来るくらいに回復していました。しかし、話せたのも束の間でその後はフィンガーボードのようなものを使って会話をしていました。

 

対面式会話補助具「フィンガーボード」 ひらがな版

対面式会話補助具「フィンガーボード」 ひらがな版

 

 

夕方くらいから急にぐったりとしてきて、気づいたら目も開かなくなり、唾も自分で飲み込めなくなりました。(ここから昏睡状態だったらしい。目が開かなくなる前に左右に目が泳いでいたというのも後から聞いた。頭には脳波をはかるやつ、胸には心拍はかるやつつけられてたよ。)

 

 

ステロイドパルス療法を始めることになって、次の日の夕方近くに目が覚めた。祖母がずっと身体をさすってくれてたらしく、なんとなく記憶がありました。

 

そこから徐々にリハビリをしながら、2週間後にはまるで嘘だったかのように回復。(ビールが飲みたくて、早く元気になってビール飲むぞーと能天気に前向きに過ごしていたのが良かったかもw)

 

髄液、血液どちらの検査も特に異常が見られなかったことから、【ADEM(アデム)/急性散在性脳脊髄炎 疑い】という診断を受けて、退院しました。

 

 

私が発症した時に見られた共通点としては、(※2016年5月もADEM疑いで入院しました)急激な眠気に襲われる→異常が出る→回復する→異常がでる(少し悪くなる)→回復する→悪化というのが見られました。

 

髄液や血液に異常が出るわけでもなく、MRIで脳のみに白質が見られるという状況で、中々当てはまる症例が見つからず、診断がつかず、現在(※2016年8月)も経過観察中です。

 

 

私も入院中は不安で、自分の症状を調べたりして、安心を得ていたので、同じような症状が出ていて困っている人の参考に少しでもなれば幸いです。

また、私と同じような症状が出ている方とお話も是非したいです。

 

この経験をするまでは、五体満足を当たり前だと思っていました。

今は自分の意思で身体を動かせることが本当に幸せに感じるし、今後どこか動かなくなったとしても、使える手段で意思表示していきたいと思っています。

 

正直まだまだやりたいことあって死ねませんし、身体のどこかが失われたとしても人生諦められませーん(笑)

図太く野太く前向きに楽しく生きていきます!!!

 

今年の入院についてもまた書きます。

 

※追記

2016年5月、2度目のADEM疑いによる退院後の現時点での身体の変化を記しておきます。

・手足(手首、足首から先)の痺れ(痺れの強さは変動あり)

・暑さを感じると痺れが増す、頭がぼーっとしてしまう(ウートフ徴候に当てはまる兆候あり)

・易疲労(筋トレなどを継続して行い、体力の維持に努めていますが、数日立て続けに出かけたりするとぐったりしてしまうことが増えました)

・手のこわばり(疲れがピークだなと感じた時にたまに見られます)

 

以前の自分と比べると大きな変化なのですが、今は軽い症状で済んでいることがありがたいです。同じような症状で悩んでいる方、小さな変化でもぜひきちんと記録しておくことをオススメします。